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ソクラテスかプラトンか。

 

無知の知という言葉を知っているだろうか。

自分が無知であるということを知っているということ。

哲学者ソクラテスの言葉であり概念だ。

初めてこの言葉に接したのは高校の倫理社会の授業だった。

一体何を言っているのかわからず、心に染みなかったのを覚えている。

 

あれから月日が流れ、幾多のままならぬトラブルを越え、

自分の能力、知識の無さを知り、無知の知の深層を知る。

学問とは意外なところでその真価を発揮する。

 

一番わかりそうで、解らないのが自分の事。

どうしても、自分の有利な方に見たり、不利な部分から

眼をそむけたりするからだろう。

 

私が走りの目標として上げているのが『意味のある走りをする』だ。

前に上がる、後ろに下がる、引く、脚を貯める、アタックをする。

レースの中で選手が何かをするときには、それなりの理由が必要だ。

 

先頭で引きまくるのはレースをきつくし、集団を絞り、スプリンターを排除する。

エース格の選手を温存し、敵チームのアタックを未然に防ぎ、追わなければ

いけない状況を作らないようにするなどの意味が有る。

 

上げまくるのも、前を引きまくるのも、男らしくて素晴らしいが、

ただ、”レースを作っている感じがするから” ”脚が余るから”ではいけない。

何時も意味のある物でありたい。

 

狭い道路に突っ込むコースレイアウトなら、なるべく先頭に近い位置で

走りたいし、広い直線道路ならポジションにこだわる必要も少ない。

サーキットコースである場所を通過するときは、出来るだけ右や左を

走るのはその先の緩むところで前に出やすいからだったり。

 

走りの意味づけと、集団の動きの観察が出来るようになると、

おのずと自分が何をしなければいけないか解るようになる。

スプリントが弱ければ、逃げなければ勝機は無いし、

スプリントが強ければ、逃げをつぶす必要が出てくる。

 

同じ位置を走っている二人の選手がいたとしても、そういったことを

理解して、その位置を走っている選手と、理解せず走っている

選手とでは次へのアクションが全然違ってくる。

 

レース中は常に考え続ける。

この場所で良い?何をしなければならない?

この先のコースレイアウトは?

この後のレース展開は?

それに対応するにはどうすればよい?

ゴール勝負になる?

だったら、どこをどの位置で入り、どう立ち上がる?

 

漫然とレースを走り、『きつかった』とか『ダメでした』ではもったいない。

何が足らない?、どこが間違っている?

ちゃんと分析し、次へ繋げる。

走りに意味を持たせると同時に、失敗の原因も追究する。

そして、それを埋める意識を持って練習をする。

練習も意味づけが必要だ。

 

技術・脚力・戦略・度胸・運・・・

様々な要素が絡み合ってレースの結果となる。

一つ一つの要素を精度高く積み上げる。

レースの成績とはそういうものだ。

 

多くの要素の中で、脚力が突出しているのに成績に今一つ

結びつかない選手がいる。

他の要素との噛み合いが悪く、成績になってこない。

本人も自分の脚力を知っているから、悔しさは人一倍だ。

周りで見ていて、どうにかしてやりたくなるが、自分で感じ

解決するしかない。

 

足らなかった部分を練習で強化し、レースでの間違った動きは

修正し、結果につなげる。

そこでの改善能力は自転車選手の素質と言われる部分の一つだと思う。

そう、とっても重要な。

 

考えて走り、走っては考える。

自分を知り、そして意味のある走りをする。

きっと結果はついてくる。

頑張れ選手たち。

 

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