現状維持とは何を示すのか

 

バブルが崩壊した頃に選手を引退し就職した。

何のコネもない一般の企業へ。

財閥系の枝の枝。

電話の受け答えすら知らない自転車乗りが。

年下の社員が電話を受けてどんどん仕事をする姿に

大きなプレッシャーを感じたが、自転車で培った粘りで

最終的にはセールスコンテストで表彰台に乗るところまで行った。

 

数年前にマトリックスの安原監督と飲んだ時に

仕事の話になった。

その時安原監督が言った言葉が今でも耳に残っている。

『お前よぉ、何が苦しいって自転車って苦しいやろ』

『お前はあれが我慢できるんやから、なんでも我慢できる』

『あれより苦しいものないで!』

幾多の死闘を潜り抜けてきた安原監督の口から発せられる言葉だけに

妙に腑に落ちた。

 

確かに・・・何時も自転車競技は多くの我慢が必要な事を教えてくれる。

長い我慢とその蓄積の果てにかすかに見える勝利。

その勝利でさえ掴んだと思ったら、するりとこぼれ落ちる事もある。

喜びと絶望の繰り返し。

 

合宿の夜に参加者に話したを少しここでする(一部)。

最近はJ SPORTなどで海外のレースを見る機会が多い。

しかし、我々が見ているレースは世界最高ランクのレースがほとんどで、

逃げの容認から、組織での追走、ゴール前のリードアウトなど、

少し日本のEクラスのレーサーからは現実離れした展開が見られる。

 

私が見た海外のレースはもっとトリッキーだった。

プロではないので、明確なチームオーダーは無く、それぞれが勝を狙っている。

組織で追えないので、大きな逃げの容認は無い。

逃げはもっと強引な、力づくなものとなる。

ゴール前もリードアウトは無く、タイミングと力の勝負。

 

日本との大きな違いはレースに対する積極性だ。

海外のレースは例えばこうだ…


今日は体調があまりよくないし、取りあえず集団(赤字)にいて

ゴールは狙えれば狙おう。

スタートは80名。コースは途中に丘がある10周回130㎞。

ファーストアタックで3人が飛び出す。

3←77

2周目追走で飛び出した2人が合流し先頭は5名。

5←75

5周目皆が脚にきだしたころ、6名が追走集団を形成。

集団は徐々に数を減らし40名程度となっている。

5←6←40←千切れ集団

7周目先頭に6名が合流し、先頭集団が11名。

11←40←千切れ集団

8周目、11人を追って8人が追い始める。

集団は20名程度になり、後続に千切れ集団。

11←8←20←千切れ集団

9周目先頭の11に8名が追いつくその過程で4名がこぼれる。

15←4←20←千切れ集団

20名はアタックをする者

千切れる者で統一が取れずに崩壊する。

15←4←4←10←6←千切れ集団

10周目15人から飛び出した2人のゴール勝負。

2←13←4←4←10←6←千切れ集団

ゴールは何とか頑張って集団?の先頭で24位。


自ら動かず、消極的にレースを運ぶと概ねこんな感じで、

間違っても入賞なんてできない。

何もしないで集団にいるつもりが、実は外から見れば千切れ集団。

集団とは前の15名の事をいう。

 

最初に3名、ついで2名、そして8名の追走者がいた。

合計13名の選手が動いている。

この13名に入らなくてはいけない。

 

実際は、逃げがつぶれて振出しに戻る。

かなりの確率で逃げが捕まるレイアウト。

コースの向き、不向きが有り、作戦は単純ではないが

レースを運ぶマインドの基本は前へ前へだ。

 

攻撃は最大の防御と言う言葉が有る。

言葉を返してみれば、それなりに攻撃している状態であっても

防御でしかないと言う事だ。

 

仕事をしているとそれを感じる事がある。

世の中の摂理は川上に向かって泳ぐ水泳みたいなもので

前へ前へと進んでいるつもりでも、川の流れに逆らって泳いでいるので、

多少努力しても岸から見れば現状維持でしかない。

 

苦しんで、積み重ねて、人一倍努力する者がだけが、

その対価を得ることが出来る。

自転車競技者は、正真正銘の競技者でありたいなら

前へ前へ進まねばならない。

 

現状維持とは後退の事だから。