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迷える子羊

 

試合を前にした選手はいつも迷える子羊。

長く競技に関わっている私とて同じだ。

監督と呼ばれても、やはりコントロールできないものもある。

 

ましてや、最近競技を始めた選手が試合に向けた体調や

精神のコントロールを簡単にできるわけもなく、得たい状況と

現実とのギャップに悩む。

 

チームの選手が試合を前に調子を落としている。

私も神ではないので、話を聞いても調子を上げる方法は知らない。

しかし、調子を上げる方法は知らなくても、本来の姿に戻す

キーワードは知っている。

それは休むこと。

 

疲労の回復は完全休養と、練習しながら回復させる方法があるが、

完全休養は、体調を今あるベストな状態に戻すこと。

回復したらまた新たな気持ちで練習を始める。

練習しながらの回復は、回復には相応の時間を必要とするが、

疲労耐性が上がり、さらなるステップアップが期待できる。

この二つは全く別のものとして、状況に合わせて使い分けていく。

 

当然どちらの休養方法にもマイナスの側面がある。

疲労を理由に完全休養をしていては、レベルアップできない局面もあるし、

練習をしながらの回復に拘っていると、蓄積した疲労で体を壊したり、

練習の強度が上がらず、本末転倒の結果になる可能性もある。

 

練習を生活の習慣とすることは素晴らしい。

継続して、ご飯を食べるように練習にくことができれば、

練習をさぼりたい衝動に悩まされることもない。

 

上を目指す多くの選手のほとんどは練習中毒になっている。

練習を日常に取り入れ、一日が構成されている。

試合前の蓄積した疲労には、完全休養もしくはアクティブリカバリーが

必要だが、完全休養は練習の習慣が体に染みついているために

抵抗感を感じる。

もっと言えば、休むことに罪悪感を感じる。

その感情に耐えきれず、アクティブリカバリーという名のもとに、

しっかりと練習してしまうのだ。

 

選手は練習しなければ強くはなれないが、

練習を受け入れられる体の状態を作らなければ、

その練習は無意味なものになる。

 

一寸先は慢性疲労というギリギリの線で

回復と練習を繰り返すのが理想の姿だろう。

その臨界線をギリギリで走り続けるのが競技者。

 

迷える選手には、まったく乗らないことをアドバイスした。

二日も休めば疲労もぬけて、ベストな状態に戻る。

私も明日は全く乗らないで、自転車の整備でもしよう。

 

土曜日なのに練習を休むことに少し罪悪感のようなものを

感じる私も完全に練習中毒だな。