ダークサイドには、なんとか落ちなかった。

 

突然来るんだな。

 

レースが終わり、椅子に座り、今日のレースの感想を皆と話していた時の事だ。

ドーピング・コントロール

オーストラリアでのステージレースでのことだ。

10日間で1300㎞を走る。

プロローグやクリテリュウムの日が有るので、長い日は200㎞以上の日もあった。

各国の世界選手権や、オリンピックのメンバーが多数参戦していたな。

 

近年マルコ・パンターニランス・アームストロングですっかり有名になって

しまったドーピングだが、日本のJETでのドーピングチェックは私の知る限り

行われていないし、JPTや海外のレースに日本代表として出場するクラスの

レーサーであってもドーピング・コントロールは上位者と任意の選手だけなので、

実際のところドーピング・コントロールを受けたことのある選手は非常に少ない

のではないだろうか。

 

呼び出しを受けた私は、歩いてゴール近くにあるレース本部へ。

同じように今日のチェック対象の選手が集まっている。

役員にナンバーと名前を言うと、採尿するからこっちへ来いと、

トイレに連れて行かれる。

日本の小便器には扉が無いが、それはオーストラリアでも同じ。

採尿しろと言うおじさんは、不正の監視の為に斜め後ろ45度、

距離1メートルで仁王立ち。

出るもんも出ない。

 

苦労して出した尿入りビーカーをおじさんに渡し、二人で元の部屋へ戻る。

そこで、理科の実験よろしく、コップから尿を細長いガラス瓶2本へ移す。

A検体、B検体と言う事だ。

今度はそれをファスナーが付いた、黒い耐衝撃ケースに入れ、

しっかりファスナーを閉める。

しかし作業はそれで終わりではない。

今度はファスナー金具の上下にワイヤーを通して、そこに開封防止の

鉛の噛潰しをペンチで圧着する。

最後にサインをさせられて、一連の作業は終了し、帰っていいよと言われる。

 

トイレ兼ドーピング・コントロールが終了して、文字通りスッキリかと言えば、

そうもいかない訳が私には有った。

ドーピングはもちろんしていないのだが、なんか引っかかるのでは?

と思える薬を数日前に飲んでいたのだ。

それは日本が誇る薬・・・正露丸

 

今、ネットで調べると正露丸には禁止薬物は含有されていないようだが、

当時はそう簡単に調べることもできず、オーストラリアでの出来事で、

言葉の壁と若さゆえの楽観で、摂取薬品の申告もしなかった。

結局、その後何の連絡もなく現在に至る訳だが、今思えば危なかった。

申告もせず、チェックに引っかかっていれば、言い訳は通らなかっただろう。

 

一生懸命、強さを追い求めた1980年代。

何としても強くなりたかった。

何としてもが、”何をしても”に変わる可能性が無かったか?

自分自身、明快に無かったとは言えない。

たまたま、自分のいた環境に薬物は無かったし、勧める人もいなかったので、

私はダークサイドに堕ちなかっただけ。

 

今はそんなことをしてまで、勝ちたいとは思わないが、その一方で、

自然の食事でないサプリやアミノ酸は摂取している。

過酷な練習で失われるものをサプリで補給しなければ帳尻が合わないという

のが理屈だが、お金をかけて食事以外の物質を摂取して強くなろうと言う行為の

本質はドーピングと同じに感じるが、考え過ぎだろうか。

 

そういう違和感があるのなら、止めればいいのだが、禁止されてないのだから、

強くなれる可能性があるのなら、回復が進むならと、止めないし、止めれない。

 

強くなる事を渇望する競技者は、いつもダークサイドに堕ちる崖っぷちにいる。

全身全霊で強さを求め、戦った人なら理解できる感覚。

向こうへ行くか、ここに留まるかは、最後は自分自身。

人生全てに言えることなんだろうけど。